n-3 系脂肪酸

 n-3 系脂肪酸には食用調理油由来の α リノレン酸と魚由来のエイコサペンタエン酸 (EPA), ドコサペンタエン酸 (DPA) およびドコサヘキサエン酸 (DHA) などがあります.これらの脂肪酸は生体内で合成できず,欠乏すると皮膚炎を発症します.n-3 系脂肪酸の生理作用は n-6 系脂肪酸と競合するだけでなく独自の作用をも持つため,独自の摂取基準を設定しました.

乳児

 0-5 ヶ月児の目安量は母乳中の n-3 系脂肪酸濃度 1.16 g/L に基準哺乳量 0.78 L/d を乗じて 0.9 g/d に設定しました.6-11 ヶ月児の目安量は 0-5 ヶ月児の目安量と平成 22 年および 23 年の国民健康・栄養調査に基づく 1-2 歳児の摂取量の中央値との平均値 0.8 g/d に設定しました.

小児・成人

 平成 22 年および 23 年の国民健康・栄養調査における n-3 系脂肪酸の総摂取量の中央値を目安量に設定しました.

妊婦・授乳婦

 平成 19 年から 23 年までの国民健康・栄養調査に基づく妊婦・授乳婦の n-3 系脂肪酸摂取量の中央値 1.8 g/d を目安量に設定しました.

α リノレン酸

 α リノレン酸と心血管疾患との間には弱い負の相関が報告されており,1 g/d のα リノレン酸摂取量の増加は心筋梗塞による脂肪を 10 % 減少させます.しかし日本人を対象とした十分な研究がないため,目標量は設定しませんでした.その他,前立腺がんのリスク,卵子機能との負の関連および妊娠可能性の低下の可能性など指摘されていますがいずれも確定したものではなく,α リノレン酸多量摂取の長期間の影響は分かっていません.

EPA および DHA

 EPA および DHA と冠動脈疾患との関連についてのメタ解析の結果は一致していません.日本人を対象とした研究には JPHC, JACC 研究JELIS などがあります.日本人における脳卒中への介入試験には JELIS があり,一次予防効果はなく二次予防効果のみ認められています.乳がんコホート研究のメタ解析結腸直腸がんコホート研究のメタ解析でのリスク減少の報告があります.日本人では JPHC 研究において近位大腸がんのリスク減少および肝がん罹患の減少が報告されています.認知症やうつ病については n-3 系脂肪酸との関連は分かっていません.

 魚には水銀,カドミウム,鉛やスズなどの重金属,PCB やダイオキシンなどの有害物質も含まれ,これらの有害物質については別の基準があります.そのため食事摂取基準では有害物質については考慮していません.

 n-3 系脂肪酸のうち α リノレン酸については 2010 年版では目標量が設定されていましたが 2015 年版では目標量は設定されていません.また EPA および DHA については 2010 年版では 18 歳以上において 1g/d 以上の摂取を推奨していましたが,2015 年版では目標量は設定されていません.

 n-3 系脂肪酸の食事摂取基準の 2015 年版および 2010 年版は下表のとおりです.

n-3 系脂肪酸の食事摂取基準 (g/d) (2015 年版)
性別 男性 女性
年齢 目安量 目安量
0-5 M 0.9 0.9
6-11 M 0.8 0.8
1-2 0.7 0.8
3-5 1.3 1.1
6-7 1.4 1.3
8-9 1.7 1.5
10-11 1.7 1.4
12-14 2.1 1.8
15-17 2.3 1.7
18-29 2.0 1.6
30-49 2.1 1.6
50-69 2.4 2.0
70- 2.2 1.9
妊婦 1.8
授乳婦 1.8
n-3 系脂肪酸の食事摂取基準 (2010 年版)
性別 男性 女性
年齢 目安量 (g/d) 目標量 (% energy) 目安量 (g/d) 目標量 (% energy)
0-5 M 0.9 0.9
6-11 M 0.9 0.9
1-2 0.9 0.9
3-5 1.2 1.2
6-7 1.6 1.3
8-9 1.7 1.5
10-11 1.8 1.7
12-14 2.1 2.1
15-17 2.5 2.1
18-29 ≤ 2.1 ≤ 1.8
30-49 ≤ 2.2 ≤ 1.8
50-69 ≤ 2.4 ≤ 2.1
70- ≤ 2.2 ≤ 1.8
妊婦 1.9
授乳婦 1.7

参照:
日本人の食事摂取基準(2015 年版)脂質 (pdf)
日本人の食事摂取基準(2010 年版)脂質 (pdf)

脂質

 栄養学的に重要な脂質は脂肪酸,中性脂肪,リン脂質,糖脂質およびステロール類です.脂肪酸には二重結合を含まない飽和脂肪酸,二重結合が一つ存在する一価不飽和脂肪酸,二つ以上存在する多価不飽和脂肪酸があります.多価不飽和脂肪酸は二重結合の位置により n-3 系脂肪酸と n-6 系脂肪酸とに区別されます.不飽和脂肪酸には光学異性体があり,自然界にはシス型が大部分ですが,工業的に合成されるトランス型もあります.中性脂肪にはモノアシルグリセロール,ジアシルグリセロール,トリアシルグリセロールがあります.コレステロールはステロイド骨格を持ち炭化水素側鎖を持つ分子で,水にも油脂にも溶ける両親和性です.

 脂質は細胞膜の主要な成分でエネルギー産生の基質です.脂肪酸のエネルギー価は 9 kcal/g と炭水化物やたんぱく質の 2 倍以上です.また脂質は脂溶性ビタミン吸収を助けます.コレステロールは細胞膜の構成成分であり,肝臓で胆汁酸に変換されます.また性ホルモンや副腎皮質ホルモンなどのステロイドホルモン,ビタミン D の前駆体です.

 食事摂取基準が設定されたのは脂質,飽和脂肪酸,n-6 系脂肪酸,n-3 系脂肪酸のみです.一価不飽和脂肪酸やトランス脂肪酸,共役リノール酸,ジアシルグリセロールや中鎖トリアシルグリセロール,植物ステロール,コレステロールについては食事摂取基準は設定されていません.

 特にコレステロールについては 2010 年版では 18 歳以上の男性で 750 mg/d 未満,18 歳以上の女性で 600 mg/d 未満と食事摂取基準が設定されていましたが,2015 年版では撤廃されています.

脂質(脂肪エネルギー比率)

 2015 年版および 2010 年版における脂質の食事摂取基準,つまり脂質の総エネルギーに占める割合(脂質エネルギー比率)は下表のとおりです.2015 年版では 30 歳以上の目標量に変更がみられます.妊婦および授乳婦については摂取基準は設定されていません.

 0-5 ヶ月児の場合,母乳中の脂肪濃度は 3.5 g/100 g であり母乳 100 g 中の脂質由来のエネルギーは 31.5 kcal/100 g です.母乳 100g の総エネルギーは 65 kcal なので脂肪エネルギー比率は 48.46 % となり丸めて 50 %E と設定しました.6-11 ヶ月児の場合は 0-5 ヶ月児の目安量と 1-2 歳児の摂取量の中央値の平均値 37.9 %E に設定しました.1-2 歳児の摂取量は平成 22 年,23 年の国民健康・栄養調査に基づいています.

 小児および成人の脂質の目標量の下限値については,本文中に記載はありませんが,国民健康・栄養調査に基づいて 20 %E に設定されたようです.また欧米で低脂質とされるエネルギー比 30 %E 未満を目標量の上限値に設定したようです.

脂質の食事摂取基準 (% energy) (2015 年版)
性別 男性 女性
年齢 目安量 目標量(中央値) 目安量 目標量(中央値)
0-5 M 50 50
6-11 M 40 40
1-2 20-30 (25) 20-30 (25)
3-5 20-30 (25) 20-30 (25)
6-7 20-30 (25) 20-30 (25)
8-9 20-30 (25) 20-30 (25)
10-11 20-30 (25) 20-30 (25)
12-14 20-30 (25) 20-30 (25)
15-17 20-30 (25) 20-30 (25)
18-29 20-30 (25) 20-30 (25)
30-49 20-30 (25) 20-30 (25)
50-69 20-30 (25) 20-30 (25)
70- 20-30 (25) 20-30 (25)
妊婦
授乳婦
脂質の食事摂取基準 (% energy) (2010 年版)
性別 男性 女性
年齢 目安量 目標量(範囲) 目安量 目標量(範囲)
0-5 M 50 50
6-11 M 40 40
1-2 20-30 20-30
3-5 20-30 20-30
6-7 20-30 20-30
8-9 20-30 20-30
10-11 20-30 20-30
12-14 20-30 20-30
15-17 20-30 20-30
18-29 20-30 20-30
30-49 20-25 20-25
50-69 20-25 20-25
70- 20-25 20-25
妊婦
授乳婦

参照:
日本人の食事摂取基準(2015 年版)脂質 (pdf)
日本人の食事摂取基準(2010 年版)脂質 (pdf)